扶桑之巻 15帖〜1帖

五十黙示録第1巻
扶桑之巻 15帖〜1帖
 扶桑ふそうの巻
 第15帖 
百不足八十隅手ももたらずやそくまでいまひらかん時ぞ
天の事は今までは人民には分からなかったのであるぞ
時めぐり来て、岩戸が開けて、分かる様になったのぞ
今までの人民であってはならん
地そのものが変わっているのであるぞ
人民は我が強いから一番遅れているのであるぞ
人民の中では宗教人が一等遅れているぞ
神人とならねば生きては行かれんのじゃ
天地がアメツチとなって来ているからぞ
天も近くなるぞと気つけてあったのに
目覚めた人民少ないぞ
今に昇り降りで急いそがしくなり
衝突する者も出て来るぞ
他人におんぶされたり
車に乗せられていた人民達よ
もうその時は過ぎているのであるから

自分の足で歩まねばならんぞ
大地を踏みしめよ
大地の気が身内に甦よみがえるぞ
 第14帖 
青海原青垣山の内(宇宙)に御子生まる
神の御座(みくら)のまわりには十の宝座があるぞ
十の宝座は五十と五十百の光となって現れるのであるぞ
大摩邇は百宝を以って成就すると知らせてあろうがな
五十種の光、五十種の色と申してあろうがな
光の中に百億の化仏けぶつじゃと申してあろう
百が千となり万となり億となるのであるぞ
今までは四の活物いきものと知らせてあったが
岩戸がひらけて、五の活物となったのであるぞ
五が天の光であるぞ
白、青、黄、赤、黒の色であるぞ
 第13帖 
称え言太祝詞たたえことふとのりとこと今ぞ高らかに
木でも草でも皆、中から大きくなるのだと申してあろう
つけ焼き刃や膏薬こうやく貼りで大きくなるのでないぞ
三千年に一度と言う
又とない結構な時がめぐり来ているのであるぞ
為せば為るぞ
難しい事申しているのでは無い

自分の中の自分を掃除して
自分の外の自分を洗濯して磨け
と申しているの
磨けば神と同列のミタマぞ

釈迦ぞ
キリストぞと申してあろう

内にあるものを磨けば
外から響くものも磨かれた

汚れ(穢れ)無い者となるのじゃ
中の自分を掃除しないで居ると
いつまで経っても、岩戸が開けていても岩戸は開けん
 第12帖 
たてまつる宇都の幣帛みてくらきこし召したべ
神の御手に巻物があるぞ
その巻物の数は五十じゃ
この巻物を見た者は今までに一人も無かったのであるぞ
見ても分からんのじゃ
巻物を解いて読もうとすれば
それは白紙となって了しまうのであるぞ
人民には分からんなり
説く(解く)事は出来んなり
この巻物は天の文字で書いてあるぞ
数字で書いてあるぞ
無が書いてあるぞ
無の中に有がしるしてあるぞ
心を無にすれば白紙の中に文字が現われるのであるぞ
時節参って
誰の目にも黙示と映る様になった、有難い事であるぞ
岩戸がひらけて愈々(いよいと)の時となったのぞ
始めからの巻物よく読んで下されよ
よく選(よ)り分けて下されよ
何もかも一切ありやかに刻まれているぞ
残る十二と一巻は人民では分からんぞ
無の巻物ぞ
空に書いてあるぞ
 第11帖 
沖つ藻葉辺津藻葉(おきつもはへつもは)ぞ
母しらす御国の五のハタラキは
何(いず)れも十の翼(つばさ)を持っているぞ
足は十本であるぞ
更に五十の翼となりなる仕組
五十の足がイツラぞ
イツラでは動き取れん
四十九として働いて呉れよ
真中の一は動いてはならん
真中動くで無いぞと申してあろうがな
時過ぎて種蒔(たねま)く人民多いのう
人民と申す者は天狗だから
自分は良いのだが世の中が悪いのだと申しているなれど
世の中と申すものは大神のハタラキの現われであるから
「大神の中での動きであるから」
世の中が悪いと思うのは
大神が悪いと思う事になるのじゃぞ
そこに底知れぬ程の魔の仕組みがあるぞ
気つけおくぞ
 第10帖 
赤丹あかにの頬にきこしめしませ御酒みきたてまつる
何事が起こって来ても先ず喜んで迎えねばならんぞ
近づいて来るのは呼び寄せたからじゃ
こんな嫌な汚い物はご免じゃと申す人民もあるなれど
それは皆己の心の写しでないか
内に無いものが外から近寄る道理ないのじゃ
どんなものでも、喜んで迎えると
喜びとなる仕組、よく会得せよ
何事も一段づつ、一歩づつじゃ
一足飛びは大怪我のもと
  第9帖 
ささげてむ和稲荒稲わしねあらしね横山のごと
五人あるぞ
中二人、外三人、この仕組み天の仕組み
一切と手を繋(つな)がねばならん
人民のみで世界連邦を作ろうとしても
それは出来ない相談
片輪車と申してあろうが
目に見えぬ世界
目に見えぬ人民とのタテの繋がりつけねばならん道理
人民同志の横糸だけでは織物にならんぞ
天は火ぞ、地は水ぞ
火水組み組みて
織りなされたものが、ニシキの御旗みはたじゃ
ヒミツの経綸しくみであるぞ
 第8帖 
平坂の岩戸(言答)ひらけむ音の聞こゆる
神に怒りは無いのであるぞ
天変地異を神の怒りと取り違いしてはならん
太神は愛にましまし、真にましまし
善にましまし、美にましまし、数にましますぞ
総てが喜びにましますが故に怒りは無いのであるぞ
若し怒りが出た時は
神の座から外はずれて了うのであるぞ
救いの手は東ひむかしより差し伸べられると
知らせてあろうが
その東とは、東西南北の東では無いぞ
この事よく分かって下されよ
今の方向では東北うしとらから
救いの手が差し伸べられるのじゃ
ウシトラとは東北であるぞ
ウシトラコンジンとは国常立尊で御座るぞ
地(千・智)の元の、天地の元の元の元の神ぞ

始めの始め、終わりの終わりぞ
弥栄の弥栄ぞ
イシヅエ(礎)ぞ
 第7帖 
岩隠れし比売ひめ、秘命のミホト実秀答は焼かれ給いて
三分の一の人民になると早くから知らせてあった事の
実地が始まっているのであるぞ
何もかも三分の一じゃ
大掃除して残った三分の一で
新しき御代の礎いしずえと致す仕組じゃ
三分難しい事になっているのを天の神にお願い申して
一人でも多く助けたさの日夜の苦心であるぞ
カンニンのカンニン、ガマンのガマンであるぞ
九⦿(光ノ神)の花咲くぞ
 第6帖 
はらいため千城百国精治万歳
三年と半年、半年と三年であるぞ
その間は暗闇くらやみ時代火を灯しても暗いのであるぞ
明るい人民にはヤミでも明るい
日は三日と半日、半日と三日
次に五年と五年じゃ
五日と五日じゃ
このこと間違えるでないぞ
手足の爪まで抜き取られ、あるにあられん、むごいことにされて追いやられたのであるが、マコトはマコトじゃ。
時めぐり来て、我(が)が取れたので、光が差しそめたのじゃ

岩戸がひらけたのじゃ。
神が苦しむ時は人民が苦しみ、人民苦しむ時は神も苦しむのぞ。
世界中の苦しみ、地上の苦しみ、天上の苦しみぞ。
この大峠を越してから大いなるタメシがあるぞ。
人の心の難(むずか)しさ計り知れん程であるなれど、見て御座れ。
見事な事致して見せるぞ。
 第5帖 
八塩路の塩の八百会母います国(地)。
天の声あるぞ。
地の声あるぞ。
和して十の日月地(ひつきくに)と現われるぞ
五十人の仁人(じんひと)が出て来るぞ。
仁人とは神人のこと。
この仁人が救世主であるぞ。
救世主は一人でないぞ。
各々の民族に現われて五十人であるなれど、五十と言う数に囚われるなよ。
五十人で一人であるぞ。
数に囚われると、分からん事になり、岩戸閉めとなるから気つけおくぞ。
 第4帖 
ツミケガレ今はあらじとはらい給えそ
空白とは九八九であるぞ
八と九、九と八の境をひらくことが岩戸を開くことじゃ
空白とは最も根本を為す最も力あることであるぞ
 第3帖 
高天原に千木高しりて仕えまつらん
岩戸(言答)のひらけた、その当座は
不合理に思える事ばかり出て来るぞ
逆さまの世界が、この世界に入り交じるからであるぞ
親よりも子の方が早く目覚めるぞ
子が親となるぞ
逆さまの世界と申しても悪の世界では無いぞ
霊界には想念のままにどんな事でも出来るのであるぞ

うれしい、こわい世界が近づいて来ているのであるぞ
 第2帖 
なかとみのふとのりとことふとにのりあぐ
一(いち)はいくら集めても一であるぞ
分からん者いくら集めても分からん道理
二は二、三は三であるぞ
一を二つ集めても二にはならんぞ
人民大変な間違いを致して居るぞと申してあろうがな
〇(れい)が元じゃ

img_20130911-055510.gif一(れい)が元じゃ
結びじゃ
弥栄じゃ
よく心得なされよ
世の元、〇の始めから一と現われるまでは
〇を十回も百回も千回も万回も繰り返したのであるぞ
その時はそれはそれであったぞ
火と水一と三のドロドロ(十
img_20130911-055937.gifimg_20130911-060041.gif)であったぞ
その中に五色五頭の竜神
img_20130911-060159.gif-二んが御ハタラキなされて
つくり固めなされたのじゃ
今の人民は竜神(
img_20130911-060353.gif-二ん)と申せば
すぐ横を向いて耳を塞(ふさ)ぐなれど
マコトの事を知らせねばならん時だから
言(こと)分けて申しているのぞ
竜神(
img_20130911-060659.gif-二ん)とはimg_20130911-060743.gif神(理⦿)であるぞ
五色の竜神とは国常立尊の御現われの一つであるぞ
戒律を作ってはならん
戒律が無くてはグニャグニャになると思うであろうが
戒律は下の下の世界
今の人民には必要なれど
いつまでも、そんな首輪は要らんぞ
戒律する宗教は亡びると申してあろうがな
 第1帖 
東は扶桑二三なり、日⦿出づる秋ときは来にける

この巻扶桑(二三)の巻
続く六の巻を合わせて七の巻
一百四十四帖の黙示を五十いせ黙示と申せよ
イシもの言うぞと申してあったが

イセにはモノ言うイシ(石)がある
昔から知らせてあろうがな
五の一四(いし)がもの言うのであるぞ
ひらけば五十となり、五百となり、五千となる
握れば元の五となる
五本の指の様に一と四であるぞ
この方を五千の山にまつれと申してあろうが
これがイチラ(五千連)ぞ、五十連いつら
分かったか
五十連世に出るぞ
天に神の座があるように、地には人民の座があるぞ
天にも人民の座があるぞ
地に神の座があるぞ
七の印(しるし)と申してあるぞ
七とはモノのなることぞ
天は三であり、地は四であると
今までは説かせてあったなれど愈々時節到来して
天の数二百十六216地の数一百四十四144となりなり
伊邪那岐三3となり伊邪那美二2となりなりて
ミトノマグアイして五5となるのであるぞ
五は三百六十(360)であるぞ
天の中の元のあり方であるぞ
七の燈台は十の燈台となり出づる時となったぞ
天は数ぞと申してあろう。
地はいろは(意露波)であるぞ
分からん者が上に立つ事となるぞ
大グレン目の前
日本のみの事では無いぞ
世界中の事であるぞ
今度は三千世界が変わるのであるから
今までの様なタテカエでは無いのであるぞ
何もかも鏡に映るのであるぞ
鏡が御神体であるぞ
何も映らん御神体のカガミは何もならんぞ

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