春 の 巻  40帖〜21帖

第27巻
春の巻 40帖〜21帖
 第40帖 
思想と申すのは広い意味で
太神(おおかみ)から出ているのではあるが
幽界からの力が強く加わっているのじゃ
ネンと申すのは神界からの直々であるぞ
悪の気、断たねばネンとはならんぞ
 第39帖 
道は三つと申してあろう
三とは参であるぞ
3(スリー)でないぞと申してあろう
無限であるぞ
平面的に申せば右と左とだけでないぞ
その右の外にまた左の外に道でなき道あるぞ
それを善の外道、悪の外道と申す
外道多いのう
中の中には中の道あるぞ
中の中の「 ﹅ 」は無であるから動き無いぞ
動き無いから無限の動きじゃ
その「 ﹅ 」の外の中は人民にも動き見えるぞ
この道は中行く道だと申してあろうが
中の「 ﹅ 」の道は太神の道、中行く道が神の道
中の道が人の道じゃ
分かったか
 第38帖 
「﹅ 」の次に
img_20130917-132657.gifがあり、その次にimg_20130917-132804.gifがあり
十あると申してあろう
立体から複立体、複々立体
立立体と申してあろうが
×と÷と和せば
img_20130917-133113.gifとなるぞ
複立体であるぞ

img_20130917-133453.gifが複々立体、「﹅」 が立立体ぞ
⦿
がその元であるぞ
分かったか
⦿
となれば超自由、超自在、超無限ぞ
それだけにまた超完成であるぞ
超未完成でもあるぞ
神は全智全能から超全智全能に弥栄しているぞ
難しい様なれど、この事よく分かって下されよ
新しき段階に入る門ぞ
 第37帖 
相手八と出たら二と受けよ
人民と申す者はモノに囚われるから
何事も分からんから、十二と出、二十と出
三十六と出たらポカンとして分からんことになるぞ
十二と出たら一段ケタ上げて八十八と受けよ
また十二と受ける手(テ)もあるぞ
二十と出たら八十と和せよ
立体になればそれだけ自由になるのぞ
世界広くなるのぞ
早く立体
さとって呉れよ
 第36帖 
何事に向かっても先ず感謝せよ
ありがたいと思え
始めはマネゴトでもよいぞ
結構と思え
幸いと思え
そこに神の力加わるぞ
道は感謝からぞ
不足申せば不足うつるぞ
心のままとくどく申してあろうが
病気でないと思え
弥栄と思え
病治るモト生まれるぞ
キがもとぞ
何事来るとも何クソと思え
神の力加わるぞ
恐れ(おそれ)は恐れ生むぞと申してあろうが
一聞いて十さとらねばならんぞ
今の人民には何事も平面的に説かねば分からんし
平面的では立体の事、次元の違う事は分からんし
ハラでさとって下されよと申してあろう
 第35帖 
念じつつやれ
神の為と念じつつやれば神の為めとなる
小さい行為でも霊的には大きはたらきするのじゃ
自分と云うことが強くなるから発展無いのじゃ
行き止まるのじゃ

我よしとなるのじゃ
調和が神の現われであるぞ
霊と調和せよ
肉体と調和せよ
人と調和せよ
食物、住居と調和せよ
世界と調和せよ
嬉し嬉しぞ

一生かかってもよいぞ
遅く無いのじゃ
自分の中の獣(ケダモノ)のため
直しにかからねばならん
悪い癖(くせ)直さねばならん
これが第一歩、土台じゃぞよ

よきことは人にゆずりて人をほめ
人たてるこそ人の人なる

敬愛のまこと心にまことのり
まこと行う人ぞ人なる
(春立つ日、ひつく神)
 第34帖 
自分は自分の意志で生まれたのではないのじゃ
その時、その環境を無視出来ん
その法則に従わねばならん
草を拝めば草が神となり
機械拝めば機械が神じゃ
食物拝めば食物が神となる
心せよ
神は人民を根本から永遠の意味で良くしようと
マコトの喜び与え様としているのじゃ
局部的、瞬間的に見て分からんこと多いぞ
お蔭はすぐには無いものと思え
すぐのお蔭は下級霊
眉(まゆ)に唾(つば)せよ、考えよ
現在の環境を甘受せよと申してあるが
甘受だけでは足らん
それに感謝せよ
積極的に感謝し、天地の恩に報じねばならん
誠の真理を知らぬ人間に神は分からん
 第33帖 
新玉の真珠の波も草も木も
春立ちそめてよみがえりけり

今の科学は科学のことは分かるが
それより上の事は分からん
今の科学はあるものがあると云うことだけしか
分からんのじゃ
よい求めにはよい感応、よい感応によい働き
よい理解となり、よい生活生まれる
間違った求めには間違った神
間違った生活生まれるぞ
道理じゃナァ
窮屈であってはならん
しかつめらしく固くなっていてはならんぞ
笑いの道、喜びの道にこそ神のハタラキあるのじゃ
宿命は宿されたもの
一つのワクに入っているのであるぞ
運命は自分で切りひらく事出来るぞ
磨け磨け、ミタマ磨き結構
信念だけでは行き詰まるぞ
 第32帖 
信仰の始めは感情に支配されがちじゃ
理智を強く働かせねばならんぞ
人間は絶えず穢(けが)れて来る
穢れは清めることによって、あらたまる
厄祓いせよ
福祓いせよ
想念は永遠にはたらくから
悪想念は早く清算しなければならんぞ
中の霊は天国へ行っても
外の霊はこの世に残るぞ
残ってこの世の事物にうっつて同じこと
所業(しょぎょう)を繰り返すことあるぞ
早く洗濯せよと申してあろうがな
梅の木から梅が生えるのじゃ
その梅に実出来て又梅が生えるのじゃ
人間も生まれかわっても死にかわっても
中々に悪い癖は直らんもんじゃぞ
それを少しずつ直してかからねばならん
努力次第で漸次(ぜんじ)直るのじゃぞ
宗教は霊、芸術は体ぞ
 第31帖 
今の自分の環境がどんなであろうと
それは事実であるぞ
境遇に不足申すなよ
現在を足場として境遇を美化し、善化してすすめ
そこにこそ神の光、喜び現われるのじゃ
逃げ道つくれば迷いの道に入るぞ

楽に得たもの、楽に失う
 第30帖 
宇宙のすべてが繋がりであるぞ
石でも水でも草でも木でも動物でも
すべてが繋がりじゃ
手と足の様なもんじゃ
拝(おろがみ)み合えよ
親しみ合えよ
和せよ
和すと自分となるのじゃぞ
自分大きく、明るくなるのじゃ
豊かにうれしうれしじゃ
赤いものの中にいると赤くなって行く
理に向かっていると、いつの間にか神の気頂くぞ
神の光が頂けるのじゃ
二度三度、話聞いたり
拝(おろが)んだりしたくらいで理は分からん
神は解らん
体験せねばならん
一方的では何事も成就せん
もちつもたれつであると申してあろう
 第29帖 
神から出るものは理(り)に決まっているぞ
この平凡の理(みち)の道理が
何故に分からんのじゃ
得心出来んのじゃ
それに従えばこそ向上、弥栄するのじゃ
天狗だから、慢心するから、理がなくなるから
行き詰まるのじゃ
一応は世界一家のカタ出来るのじゃが
それではならん
それを越えて
ねり直してマコトの一家となるのじゃ
天が上で地が下で、中に「 ﹅ 」あるのじゃ
それがミロクの世じゃ
気長にやれと申してあろう
長い苦心なければ良いもの出来ん
この世で出来終わらねば
あの世まで持ち続けてもやり続けてもよいのじゃ
そなた達はあまりにも気が短いぞ
それではならんのう
マコトの生活は永遠性持っているぞ
これ無いものは宗道でないぞ
 第28帖 
親子、夫婦、兄弟姉妹と生まれても逆縁あるぞ
カタキ同志結ばれる事もあるぞ
それは神の大き恵みぞ
それに打ちかって
新しき生命うみ出して仕えまつれ
体験無いところに宗教は無い
 第27帖 
八合目あたりに参ると
総ての様子が、ほぼ見当つくぞ
それ迄は誰でもよく分からんもんじゃ
これと云う先達があったら
先達の云うこと、云う通りについて行けよ
おかしい先達は始めからおかしいぞ
苦労し、手をかけ、金かけるほど
良いもの出来るぞ
信念越えて
自分より上のものに任せ切ったのが理解であるぞ
信念だけでは何事も出来ん
確信は理解からぞ
 第26帖 
神に任せきると申しても
それは自分で最善を尽くして後のことじゃ
努力無しに任せるのは悪任せじゃ
悪(あく)お任せ多いのう
魂の財産は金を得るより数倍難しいぞ
濡れ(ぬれ)手で粟(あわ)のやり方
カス掴(つか)むぞ
むやみに腹が立ったり、悲しくなったり
くやしくなったりするのは
まだめぐりあるからじゃ
めぐりの霊界との因縁が切れて居らぬからじゃ
愛は養わねばならん
夫婦は命がけで、お互いに築き合わねばならんぞ
夫婦愛はあるのではない。築き上げねばならんぞ
生み出すのじゃ
つくり出すのじゃ
そこに尊さあるぞ
喜びあるぞ
左には宗教、右には芸術
 第25帖 
局部的に見るから分からんのじゃ
文字書くのは心であるが、心は見えん
手が見えるのじゃ
手見るはまだよい方じゃ
筆の先だけしか見えん
筆が文字書いていると申すのが
今の人民の考え方じゃ
筆が一番偉いと思って御座るのじゃ
信仰に入った始めはよいが
途中から分からなくなるのじゃ
そこが大切ぞ
分からなくなったら神示(ふで)読めよ
キ頂いて甦(よみがえ)るぞ
出足の港は
二二の理(みち)からじゃと申してあろう
「真理」と申してあろう
これが乱れると世が乱れるぞ
神界の乱れイロからじゃと申してあろう
男女の道正されん限り
世界はちっとも良くならんぞ
今の世の様(さま)見て
早く改心、結構致しくれよ
和は力ぞ
 第24帖 
自分捨てて他力なし
人民なくしてこの世の仕事出来ん
人民は道具ぢゃ
神は心ぢゃ
元ぢゃ
元だけではならん
道具だけではならん
大神は一切を幸し、一切を救い給うのであるぞ
一切が神であり一切が喜びであるぞ
その人民にメグリなくしてもメグリ負うことあるぞ
人類のメグリは人類の誰かが負わねばならん
果たさねばならん
善人が苦しむ一つの原因であるぞ
神の大きな恵みであり試練であるぞ
分かったか
愛するものほど、その度が濃い程
魂が入っているのぢゃ
先祖が大切していたものは大切せねばならんぞ
現界のみの理屈は通らんぞ
とんだ目に会うぞ
気つけおくぞ
念じてから行え
 第23帖 
順と区別さえ心得て居れば
何様を拝んでもよいと申してあろうが
日の神様ばかりに囚われると分からん事になるぞ
気付けおくぞ
それでは理(みち)にならん
父だけ拝んで母拝まんのは親不孝ぞ
お蔭ないぞ
お蔭あったらヨコシマ(横しま)のお蔭と心得よ
手だけ尊んではいかん
足だけ尊んでもいかん

一切に向かって感謝せよと申してあろうが
門もくぐらず玄関も通らずに
奥座敷には行かれん道理
順序を馬鹿にしてはならんぞ
いつまで門に立っていても何もならん
お出直しじゃ
川がなければ水流れん道理
始めはカタふんで行かなならんぞ
 第22帖 
宇宙の総てはこの神の現れであり
一面であるから
その何処(どこ)つかんで拝んでもよいのである
その何処つかんで、縋(すが)ってもよいのであるぞ
水の流れも宗教ぞと申してあろう
総てに神の息、通っているぞ
一本の箸拝んでもよいのじゃ
ちゃんとめあて、決めねばならん
内の自分に火つけよ
心暗くては何も分からん
世の中は暗く見えるであろう
真っ暗に見えたら自分の心に光無いのじゃ
心せよ
自分光れば世の中明るいぞ
より上のものから流れてくるものに
祀(まつ)って行くこと大切じゃ
それがまつりの元
それが宗教じゃ
宗教は生活じゃ
生活は宗教じゃ
裏と表じゃ
 第21帖 
太一二
(おおひつき)大神として
この神は一柱であるが、働きはいくらでもあるぞ
その働きの名がもろもろの神様の名じゃ
無限であるぞ

このほう一柱であるが無限柱ぞ
総てが神であるぞ
一神じゃ
多神ぢゃ
汎神(はんしん)じゃ
総てが神じゃ
喜びじゃ
始めから全体を摑(つか)もうとしても
それは無理と申すもの
手でも足でもよい
何処でもよいから摑める所から摑んで御座れよ
だんだん分かって来るぞ
全体を摑むには全体と同じにならねばならん
その人民人民の摑めるところから摑んで参れよ
このほう抱き参らせてやるぞ
マツリから出直せよ
天地見よ
大きマツリ致して居ろうがな
霊と肉のまつり第一
頭とハラのまつり結構
二二のマツリ、出船の港じゃ
奥から来るものは喜びじゃ
念じゃ
力のもとじゃ
生きの生命じゃ

神様にはハラを向けなさい
おおひつきおおかみ

 
太一二img_20130918-071924.jpg大神