春 の 巻  20帖〜 1帖

第27巻
春の巻 20帖〜1帖
 第20帖 
他力の中の自力じゃ
じゃと申して、任せ切ったと申して
懐(ふところ)手ならん、自力大切じゃ
まつりは常住坐臥にあるぞ
拝むばかりではならん
拝むまつりはまつりのカタ(型)じゃ
カタ(型)から入るのが入り易いが
この程度の境地では戒律要るぞ
カタ(型)に囚われてはならん
戒律の世界にいつ迄も居(い)てはならん
十年経てば十才になるぞ
恩、知らねばならん、恩に報いねばならんぞ
人民、天地の恩忘れているから、喜び少ないのじゃ
ものの順序わきまえねばならん
悪平等ならん
政治や経済は裏、二義的のもの
 第19帖 
小乗の行と馬鹿にするでないぞ
理屈で神を割り出したり
ソロバンでハジキ出したり
今の鼻高さんはしているなれど
どこまで行っても分かりはせんぞ
土耕す祈りに神の姿現われるぞ
留(とど)まってはならん
いつも弥栄弥栄に動いて行かなければならん
大中心に向かって進まねばならん
途中には途中の、大には大の、中には中の
小には小の中心はあるなれど、行く所は一つじゃ
じゃと申して小の中心を忘れてはならん
神は順であるぞ
先ず小の神から進んで行けよ
本当の事知るには
本当の鍛錬(たんれん)要るのじゃ
棚(たな)からボタモチ食っていては
段々やせ細るのみ
鍛(きた)えよ鍛えよ
鍛えればこそ光出て来るのじゃ
 第18帖 
使命がいのち(生命)
神から命じられた事がいのちぞ
使命はつくられた時に与えられる
使命なくてものは生れんぞ
自分の使命は内に聞きつつ外に聞けよ
使命果たすが喜びぞ
使命果たすには
生命(いにち)がけでなくてはならん
生命じゃからのう
努力した上にも努力しなければならんぞ
努力には苦もあるぞ
苦のない努力は無いぞ
右を動かせば左も動くぞ
果たせば苦は楽
果たさねば楽も苦
重荷あるからこそ
苦あるからこそ、風にも倒れんのじゃ
神が主であるぞ
 第17帖 
希望は愛の現われの一つ
どんな人にも与えられているのじゃ
希望に燃えつつ、現在を足場として生きよ
呼吸せよ
同じ事していても、希望持つ人は栄え
希望無き人は亡びる、希望は神ぞ

アイウエオからアオウエイの世に移って来るぞ
アオウエイの世が天国じゃ
用意はよいか
今の世は道具ばかりじゃ、使う人民、早くつくれよ
 第16帖 
あなた任(まか)せ、良い妻と申してあろうが
神任せが良い人民であるぞ
この神と認めたら理解して、マカセ切れよ
太元(おおもと)の神様にホレ参らせよ
真の信仰の第一歩ぞ
雨降らば雨を、風吹けば風を
一(ひと)先ず甘受せよ
甘受した後、処理して行かなければならん
受け入れずにハネ返すのは大怪我のもと
何回でも何回でも同じこと
繰り返さねばならんことになるぞ
何か迫り来るのは
何か迫り来るものが自分の中にあるからぞ
内にあるから外から迫るのじゃ
自分で呼び寄せているのじゃ
苦しみの神、因果の神、呼んでおいて
不足申している者多いのう
自分で呼び寄せながら
嫌がってハネ返すテあるまいのう
同じものでも表からと裏からとでは違うのじゃ
同じ目で見ても違って映るのじゃ、心得よ
 第15帖 
思う様にならんのは
天地の弥栄、生成化育にあずかって
働いていないからぞ
今の世界の行き詰まりは
世界が世界の御用をしてないからじゃ
神示(ふで)読めよ
秘文(ひふみ)世界に写せよ
早く写せよ
人間の智のみでは世界は良くならん
裏側だけ清めても総体は清まらん
神に目覚めねばならん
神にも内のものと外のものとがある
愛と申せば何でもよいと思っていてはならん
愛の悪もあるぞ
総てこの通りじゃ
上の、より高いところから来るから奇跡と見え
偶然と見えるのじゃ
神からの現われであるから
その手順が分からんから偶然と見えるのじゃぞ
偶然の真理悟れと申してあろう
これが分かれば大安心立命
 第14帖 
どんな草でも木でも
その草木でなければならん御用あるぞ
だから生きているのじゃ
そのはたらき御用忘れるから苦しむ
行き詰まる
御用忘れるから亡びるのじゃ
個人は個人の一家は一家の国は国の御用がある
御用大切、御用結構
日本が変わって世界となったのじゃ
自分の為(た)めばかりの祈りには
自分だけの神しか出て来ない
悪の祈りには悪の神
善の祈りには善の神
始めの間は中々分からんものじゃ
神様のなされるマネから始めて下されよ
 第13帖 
自分は良いが
世の中が悪いのじゃと申しているが、その自分省みよ
自分が神の理(みち)にあり、真実であるならば
世の中は悪くないぞ
輝いているぞ

自分に振りかかって来る一切のものは最善のものと思え
如何(いか)なる悪い事もそれは最善のものであるぞ
この道理よくわきまえて下されよ
真の神を理解すれば、一切の幸福得られるのじゃ
世を呪うことは自分を呪うこと
世間や他人を恨むことは自分を恨むこと
このこと悟れば一切はそこからひらけ来るぞ
十のもの受けるには十の努力
 第12帖 
無くて七癖、七七、四十九癖
悪い癖直して下されよ
天国へ行く鍵ぞ

直せば直しただけ外へ響くものが、変わって来るぞ
良くなって来るぞ
変わって来れば
外から来るもの、自分に来るもの、変わって来るぞ
良くなって来るぞ
幸いとなるぞ
喜び満ち満つぞ
神満ち満ちて天国じゃ
一升枡(いっしょうます)持って来て
一斗(いっと)入れよと人民申しているが
神は一斗も二斗も入れてやりたいなれど
一升枡には一升しか入らん
大き枡(ます)持って来い
頂くには頂くだけの資格要るぞ
一歩づつ進め、一歩づつ絶えず進めよ
それより外に道は無いのじゃ
 第11帖 
内の自分は神であるが、外の自分は先祖であるぞ
先祖疎(おろそ)かにするでないぞ
先祖まつることは自分まつる事ぞ
外の自分と申しても肉体ばかりでないぞ
肉体霊も外の自分であるぞ
信じ切るからこそ飛躍するのじゃぞ
不信に進歩弥栄無いぞ
任せ切るからこそ神となるのじゃ
神に通じるのじゃ
他力で自力であるぞ
真剣無ければ百年経っても同じ所ウヨウヨじゃ
一歩も進まん
進まんことは遅れていることぞ
真剣なれば失敗しても良いと申してあろうが
省みる事によって更に数倍する事が得られるのであるぞ
いい加減が一旦成功しても土台無いからウタカタじゃ
下座の行、大切
 第10帖 
一切のものは
img_20130919-194531.gif(うず)であるぞ
同じこと繰り返してくいる様に、人民には見えるであろうなれど
一段づつ進んでいるのであるぞ
木でも草でも同様ぞ
前の春と今年の春とは、同じであって違って居ろうがな
行き詰まりが有り難いのじゃ
進んでいるからこそ、行き当たり行き詰まるのじゃ
省みる時与えられるのじゃ
悟りの時与えられるのじゃ
ものは、離すからこそ掴(つか)めるのじゃ
固く握って戸閉めていてはならんのう
扉(とびら)開けておけと申してあろうが
着物(きもの)脱いで裸体となること辛(つら)いであろうなれど
脱がねば新しき着物は着られんぞ
裸になってブツカレよ
神様も裸になってそなたを抱いて下さるぞよ
重い石のせたタクアンは美味(うま)いのであるぞ
 第9帖 
人民には分別与えてあるから
反省出来るのであるぞ
反省あるから進展するのであるぞ
放っておいても、要らんものは無くなり
要るものは栄えるのであるが
人民の努力によっては、より良くなるのじゃ
省みねば生まれた時より悪くなると申してあろうが
慾、浄化して喜びとせよ
喜び何からでも生まれるぞ
広い世界に住めば広く
深い世界に住めば深く向上する
物の世界から霊の世界へ
無限の世界へ入るから無限の生命が与えられるのじゃ
無限の喜び得ること出来るのじゃ
無限世界とは物と霊との大調和した限り無き、光の世界ぞ
真理を知る事が、無限を得る事
まことの神を掴むことぞ
良いもの作るには大き手数かかるのじゃ
懐手(ふところで)で居ては出来ん
手出せ、足出せよ
 第8帖 
人民を褒めることよい事じゃ
褒めて、その非をさとらせよ
罪許すことじゃ
もの生かすことじゃ
生かして使うことじゃ
神示(ふで)ひろめることじゃ
やって見なされ
必ず嬉し嬉しとなるぞ
栄えるぞ
嬉しくなかったら神はこの世に居らんぞよ
神示は一本道じゃ
始めからの神示読んで、よく読んで見なされ
何も彼もハッキリしてくるぞ
神示うつして下されよ
世界にうつすこと喜びぞ
地に天国うつすことぞ
難しい事ないぞ
今の裏のやり方、ひっくり返して
表のやり方すれば、それでよいのじゃ
裏は裏として生きるのじゃぞ
金は使うもの
使われるものでないこと分かって居ろうがな
御苦労のこと止めなされよ
 第7帖 
言分けて書きおくから、迷わん様に、人民の理(みち)歩んで呉れよ
何も彼も嬉し嬉しとなる仕組
人民に禍(わざわい)無いのじゃ
不足無いのじゃ
いつも楽し楽しの歌で暮らせる仕組じゃぞ
と申して、心で分かっても、今の人民には分かるまいから、更に言分けて、こまかに説いて聞かすぞ
理(みち)しるべをつくりおくぞ
これがよろこびの理じゃ
人民のいのちを正しく育てることが一番の喜び
人民と申す者は神の喜びの全(まっと)き現われであるぞ
いくら穢れても元の神の根源神のキをうけているぞ
それを育てることじゃ
導くことじゃ
死なんとする人助けるのもその一つじゃ
宿った子殺すことは、人民殺すことじゃ
今の人民九分九厘は死んでいるぞ
救え、救え、救え
おかげは取り徳(どく)じゃ
生かせよ。生かせよ

生かす理(みち)は神示読むことじゃ
 第6帖 
喜びが ﹅ 、真、善、美、愛と現われ、それが又、喜びとなり、又、 ﹅ 、真、善、美、愛となり、又現われ、限りないのじゃ。
喜びの本体はあの世、現われはこの世、あの世とこの世合わせて真実の世となるのぞ。
あの世ばかりでも片輪、この世ばかりでも片輪、まこと成就せんぞ。
あの世とこの世と合わせ鏡。
神はこの世に足をつけ衣とし、人はあの世を⦿として、心として生命しているのじゃ。
神人と申してあろうがな。
この十理(どうり)よくわきまえよ。
この世にあるものの生命はあの世のもの、あの世の生命の衣はこの世のもの。
くどいようなれどこのこと肚の中に、得心なされよ。
これが得心出来ねばどんなに良い事しても、まこと申しても何もならん、
ウタカタじゃぞ。
時節来たのじゃから、今までの様に一方だけではならんぞよ。
 第5帖 
人民栄えて行くことは、神弥栄のことぞ。
神も人民も、世界も、宇宙も、総ていつまでも未完成ぞ。
神様でも大神様は分からんのであるぞ。
喜びに向かってひたすらに進んで行けばよいのであるぞ
正しき喜びを先ず見極めよ。
見極めてひたすらに進めばよいのじゃ。
食物を食べるのも喜びであるぞ。
正しき食物正しく食べよ。
更に喜び増えて弥栄るのじゃ。
自分の喜びを進め進めて天国へ入る事出来るのじゃ。
悪い食物悪く食べるから悪くなるのじゃ。
目に見える食物ばかりでないぞ。
何もかも同様ぞ。
人民は喜びの子と申してあろう。
罪の子でないぞ。
嬉し嬉しの道あるのに、何故歩まんのじゃ。
 第4帖 
img_20131127-025938.gifがよろこびであるぞ。
img_20131127-025953.gifも喜びであるぞ。
よろこびにも三つあるぞ。

img_20131127-030008.gifは表、img_20131127-030019.gifは裏、表裏合わせてimg_20131127-025847.gifぞ。
img_20131127-025917.gifは神であるぞ。
神であるなれど現われの神であり、現われの喜びであるぞ。

img_20131127-025824.gifのもとが⦿であるぞ。
キであるぞ。
元の元の太元の神であるぞ。
△(む)であるぞ。
△(む)から▽(う)生まれ、▽(う)から△(む)生まれるぞ。
同じ名の神二つあると申してあろうが。
表の喜びが﹅、愛、真、善、美となり現われ、裏の喜びからは、〇、憎、偽、悪、醜が現われるのじゃ。
喜びが神じゃと申して裏の喜びではならんぞ。
今の人民の喜びと申すには裏の喜びであるぞ。
悲しみを喜びと取り違えているぞ。
この巻、春の巻。
こまかに説いて分かり易く説いて聞かすぞ。
分ければそれだけ小さくなるなれど。
 第3帖 
 節分祝詞(せつぶんのりと)
 掛巻も、畏き極み、九二つ千の、清(すが)の中なる大清み、清みし中の、清らなる、清き真中の、よろこびの、其の真中なる、御光の、そが御力ぞ、綾によし、十九立(とこたち)まし、大九二(おおくに)の十九立大神、十四九百(とよくも)ヌ、十四(とよ)の大神、瀬織津(せおりつ)のヒメの大神、速秋(はやあき)の秋津ヒメ神、伊吹戸の、主の大神、速々の、佐須良(さすら)ヒメ神、これやこの、太日月
img_20131127-030303.gif(おおひつき)、皇神(すめかみ)御前畏み、謹みて、うなね突貫き、白さまく、ことのマコト(真言)を、伊行く水。流れ流れて、月速み、いつの程にや、この年の、冬も呉竹、一と夜(よさ)の、梓(あずさ)の弓の、今とわや、明けなむ春の、立ちそめし、真玉新玉、よろこびの、神の稜威(みいず)に、つらつらや、思い浮かべば、天地の、始めの時に、大御祖神(おおみおや)、九二十九立(くにとこたち)の大神伊、三千年、またも三千年の、もまた三千年、浮きに瀬に、忍び堪えまし、波風の、その荒々し、渡津海(わたつみ)の、塩の八百路の、八汐路の、汐の八穂合い、洗われし、弧島の中の、籠らいし、籠り玉いて、畏くも、この世かまいし大神の、時めぐり来て一筋の、光の御代と出でませし、めでたき日にぞ、今日の日は、御前畏み、御饌御酒(みけみき)を、ささげまつりて、海山野(ぬ)、種々珍(くさぐさうず)の、みつぎもの、供えまつりて、かごちもの、ひざ折り伏せて、大まつり、まつり仕えん、まつらまく。生きとし生ける、まめひとの、ゆくりあらずも、犯しける、罪やけがれの、あらむをば、祓戸にます、祓戸の、大神達と相共に、ことはかりましし、神直日、大直日にぞ、見伊直し、聞き直しまし、祓いまし、清め玉いて、清清し、清(すが)の御民(みたみ)と、きこし召し、相諾(あいうずな)いて、玉えかし、玉はれかしと、多米津(ためつ)もの、百取(ももとり)、さらに、百取の、机の代(しろ)に、足らはして、横山の如、波の如、伊盛栄ゆる、大神の、神の御前に、まつらまく、こいのみまつる、畏みて、まつらく白す、弥つぎつぎに。
 新玉(あらたま)の玉の御年(みとし)の明けそめて罪もけがれも今はあらじな。 
節分の祝詞であるぞ。
太のりとせよ。
いよいよの年立ちそめたぞ。
うれしうれしの御代来るぞ。
 第2帖 
カミヒトと申すのは
神の弥栄のため、世の弥栄のため祈り
実践する人のことであるぞ
神のため祈れば神となり
世のため祈れば世と一体となるのじゃ
自分のためばかりで祈れば迷信、我よしの下の下ぞ
誰でも霊かかりであるぞ
石でも木でも土でも霊かかりぞ
これは一般かみかかりであるぞ
特別神かかりは
神の御力を強く深く集める行がいるのじゃ
九分通り「しくじる」のじゃ
太陽の光集めること知っているであろうが
神の理(みち)をより良く
より高く集める理(みち)がマコトの信仰であるぞ
理(みち)であるぞ
世、迫って、
霊かかりがウヨウヨ出ると申してある時来ているのじゃ
悪かみかかりに迷うでないぞ
サニワせよ
外はウソが多いぞ
内の声ウソないぞ
 第1帖 
新しき御代の始めのタツの年
スメ大神の生まれ出で給いぬ

皆々御苦労ながら、グルグル廻って
始めからじゃと申してあろうが
始めの始めと始めが違うぞ
皆始めからじゃ
赤児になって出直せよ
ハラで見、ハラで聞き、ハラで話せよ
ハラには間違いないのじゃ
祈りばかりでは祈り地獄
神から光頂ける様に理(みち)つけねばならん
水は低きに流れるぞ
喜びに叶(かな)う心
喜びの行あるところ喜び来るのじゃ
喜びにも正しきと曲がれるとあるぞ
無限段階あるのじゃ
心して迷わん様に致して呉れよ
ここは光の理(みち)伝え、行う所
教えで無いと申してあろう
教えは教えに過ぎん
理(みち)でなくては、今度はならんのじゃ
天の理、地の理もろもろの理、カタ早く急ぐぞ
教えは局部的、時、所で違うのじゃ
迷信となるぞ

ハラが神であるぞ